「看護師なのに、こんなことで病むなんて情けない」

そう思ったことはありませんか。

人を助ける仕事をしているのに、自分が助けを必要とする状態になってしまう。その矛盾が、さらに自分を追い詰めることがあります。

私は精神科の身体合併症病棟で約12年間働いてきました。精神疾患を抱えながら外科・内科の治療を受ける患者さんたちと向き合ってきた時間は、「メンタルが病む」ということが弱さではないと、体で理解した12年でもありました。

そして正直に言うと、自分自身も限界に近い時期がありました。

この記事では、そのことも含めて書きます。メンタルが保てなくなっていく感覚、助けを求めることの意味、そして環境を変えることで何が変わったのか。「病んでしまった自分」を責めないでほしいという思いを込めて。


看護師がメンタルを病むのは珍しいことじゃない

看護師のメンタルヘルスに関する調査は複数ありますが、共通して言えるのは「一般職と比べてうつや適応障害のリスクが高い」という事実です。夜勤による睡眠リズムの乱れ、人の命に関わるプレッシャー、チームの人間関係、感情を使い続ける労働。これだけの要因が重なる仕事環境は、他の職種ではなかなかありません。

「メンタルを病む看護師が多い」という話は、決して珍しいことではありません。

ただ、当事者になったときに「自分だけがダメなんだ」と感じてしまうのが、この仕事の難しさだと思います。周りは皆、普通に働いているように見える。なんでこんなに自分だけ、と思ってしまう。

でも実際には、周りも同じように消耗しながら、ギリギリのところで踏みとどまっていることが多いです。


メンタルが病む原因は一つじゃない

精神的に追い詰められるとき、原因は一つではないことがほとんどです。

よく挙げられるのは、人間関係のストレスです。師長や先輩との関係、同僚との摩擦、患者さんやご家族への対応、医師との関係。看護師は一日のなかで、実に多くの「人との関係」を抱えています。そのうちのどれか一つがこじれると、職場全体が息苦しくなる感覚があります。

(人間関係のつらさについて詳しくは、看護師の人間関係がつらい方へもあわせて読んでみてください。)

それだけではありません。業務量の多さ、夜勤による体力の消耗、患者さんの死や苦しみを間近で見続ける精神的な負荷。これらが複数重なって、じわじわと蓄積していきます。

単純に「どれかが原因」と言えないことが、またしんどいんですよね。何が問題なのか自分でもよくわからなくなってくる。

(バーンアウト(燃え尽き症候群)の可能性がある方は、看護師のバーンアウトの記事が参考になるかもしれません。)


「看護師なのに」と自分を責めていないか

私が精神科で見てきた患者さんたちには、必ず背景がありました。

生育歴の問題、家族関係の複雑さ、長年かかって積み重なったストレス。覚せい剤や脱法ハーブによって精神状態が崩れてしまった人、日常では接点がなかったような人たちとも向き合いました。「社会の闇を見た」という感覚は、美化でも大げさでもなく、現場に立ち続けた実感として出てきた言葉です。

そういう仕事をしていると、わかることがあります。

メンタルが病むことには、必ず背景や原因がある。個人の弱さではない。

これは教科書で読んだことではなく、12年間、現場で患者さんと向き合って得た感覚です。

ただ、それを「自分自身」に当てはめられるかというと、話は別でした。

「看護師なのに」という感覚は、私の中にもありました。精神疾患をこれほど見てきたのに、自分が精神的に追い詰められていくことへの引け目がありました。患者のことは理解できる。でも、自分が同じような状態になると、「自分が弱いからだ」という声が出てきてしまう。

人を助ける仕事をしている人が「助けを必要とする」ことへの罪悪感は、看護師特有の自己否定かもしれません。でも、その罪悪感は不要です。

精神科で長く働いた私が言えるのは、メンタルが揺らいでいく過程には必ず理由があるということ。弱いから病むのではなく、病むだけの環境と状況がある。そういうことです。


休職・退職は「終わり」じゃない

一緒に働いていた同僚が、メンタルの限界で退職したことがあります。

そのとき、私が感じたのは「そりゃそうなるわな。辞めるのは当然だろう」という感覚でした。責める気持ちは一切なかった。消耗し続けた環境を離れることは、逃げではなく、当たり前の判断です。

休職中に何をすべきか、退職したら看護師に戻れないのか。そういう不安が頭をよぎるかもしれません。でも、看護師免許はなくなりません。回復してから戻る道はあります。休んでいい時間は、何かを失う時間ではなく、自分を取り戻す時間です。

(休職や復帰について詳しくは、看護師の休職と復帰にまとめています。)


助けを求めることは強さだと思う

私が一番しんどかった時期は、一人で抱え込んでいた時期でした。

師長との関係が悪化してから、約3年間。誰にも言えないまま、ひたすら耐え続けました。職場の愚痴は職場内では言えない。誰に言っても伝わりにくい。そのもどかしさの中で、唯一できたのは、職場外の友人にぼやくことでした。

そのときの友人の役割は、「アドバイスをくれること」ではありませんでした。ただ話を聞いてもらうこと。「辞めたいと言いたかっただけかもしれない」「たまっていたものを吐き出したかっただけかもしれない」という感覚があって、それが少しずつ楽になるきっかけでした。

ストレスの限界で、朝布団から起きられなかったこともあります。でもそのとき、休職はしませんでした。正直に言うと、「自分の経歴に傷が入るのが嫌だった」からです。

今はどう思うか。「必要なら休職していい」と思います。当時の自分には言えなかった言葉ですが、今なら言える。


助けを求めることを、弱さと思わないでほしいです。

心療内科への受診、カウンセリング、職場の相談窓口、信頼できる同僚や友人への一言。形はいくつでもあります。大切なのは、一人で全部抱えないことです。

職場内で言える相手がいないなら、職場外でいい。私もそうでした。

(ストレスがすでに限界に達している方は、看護師のストレスが限界の記事も読んでみてください。)

(退職を考えているけれど言い出せない・辞めづらいという状況の方には、退職代行という選択肢もあります。)


病んだ経験が、後から意味を持つこともある

環境を変えて、最初に感じたのは「開放感」でした。

師長との関係から解放された。通勤が楽になった。残業も減った。それだけで、消耗していたエネルギーをずいぶん取り戻せた感覚がありました。

ただ、「すべてが解決した」とは言いません。男性看護師として職場で浮く感覚は変わらないし、気軽に小言を言える相手がいない状況は今も続いています。

それでも、悩みの「種類」が変わりました。師長との関係で消耗し続けていた3年間と、今感じている「男性看護師としての難しさ」は、しんどさの質が違います。前者は自分を削っていく感覚があった。今はまだ、自分の余白が残っている感覚がある。

美化したいわけではありません。あの3年間が「良い経験だった」とは思っていないです。でも、あのときに環境を変えたことで、少なくとも消耗が止まりました。そこから何かを積み重ねていける状態になったのは、事実です。


最後に、自分自身の経験から思っていることだけ書かせてください。

朝、起き上がれない。仕事中も、同じことがぐるぐると頭を回り続ける。自分のことをずっと責め続けている。そういう状態が続いていたら、私自身は「壊れかけているサインだ」と感じます。

時間が解決してくれるのを待っているうちに、消耗が深くなっていくこともあります。環境を変える、誰かに話す、受診する。私の場合は「友達に話す」が一番ハードルが低かったです。あなたにとっての「できそうな一つ」が見つかるといいなと思っています。


「私は我慢強かったし、根性もあった。でも無理に頑張ることが自分を追い詰めていた」と、今では思います。自分を大切にすることは、諦めることとは違います。


もしも今、「環境を変えることを考え始めた」という気持ちがあるなら、その選択が甘えでも逃げでもないことを、私の経験から伝えられます。

看護師が辞めると決めた話——その後どうなったかに、実際に職場を離れた経験を書いています。「どんな選択があるか」を知るだけでも、少し楽になることがあるかもしれません。


あなたは今、どんな状態ですか。

もし「限界に近いかもしれない」と感じているなら、それはすでに十分なサインです。一人で全部抱えなくていい。

ABOUT ME
ハロ
看護師歴15年。ICU・外科病棟・精神科身体合併症病棟・地域包括ケア病棟と4科を経験。現在も現役で病棟勤務をしています。 特に精神科身体合併症病棟では12年勤務し、精神疾患を抱えながら身体合併症の治療を要する患者さんと向き合ってきました。看取り、認知症ケア、終末期、急変対応――現場でしか得られないリアルを大切に、自分の体験と感情を正直に書くブログを運営しています。 「正解を教える」のではなく、「同じ目線で一緒に考える」スタンスで、読者の方が少し楽になる文章を目指しています。 【主な発信テーマ】 ・看護師のキャリアと転職 ・精神科看護のリアル ・看護師のメンタルヘルス ・現場で感じた違和感や気づき
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