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はじめに

はじめまして。

精神科身体合併症病棟に12年、現在は地域包括ケア病棟で働いている、看護師のハロといいます。

このブログ「Salaryman Nurse(サラリーマン・ナース)」を運営しています。看護師歴は15年になりました。


経歴

看護師としての歩み

  • 1年目:総合病院に入職し、ICUに配属
  • 2〜14年目:精神科身体合併症病棟に異動(約12年間)
  • 15年目〜現在:地域包括ケア病棟に転職

36歳・看護師14年目のときに一度転職しています。今はその転職先で働いています。

4つの科(ICU・精神科身体合併症・身体科・地域包括ケア)を経験してきました。

精神科身体合併症病棟について

聞き慣れない方が多いと思うので、少しだけ説明させてください。

精神科身体合併症病棟とは、精神疾患を抱えた患者さんが、外科や内科の治療を受けるために入院する病棟です。

  • 統合失調症を持つ患者さんの大腸部分切除
  • 器質性精神障害の患者さんへの抗がん剤治療
  • 精神疾患を抱えた妊産婦さんの周産期管理

精神疾患をベースに、身体の治療も必要な患者さんが入院されるため、精神科の知識だけでなく、外科・内科の幅広い知識が求められる特殊な病棟です。

私はこの病棟で12年間、身体管理と精神科看護の両方に向き合ってきました。


ろくでもない看護師のはじまり

看護師になってすぐの頃を振り返ると、ほんとうに情けない話が多いです。

ICU 1年目:何をやっても怒られる

1年目に配属されたICUでは、仕事ができずに毎日のように怒られていました。

先輩によって言うことが違うこともあり、何をすれば正解なのか分からないまま、ミスが重なっていきました。「がんばっても怒られてばかり。何をやっても怒られると思うと、周りが怖くて仕事に取り組めない」という状態でした。

朝、布団から起き上がれない日もありました。

精神科への異動

1年も経たないうちに、精神科身体合併症病棟への異動が決まりました。

正直、そのときは「自分は看護師に向いていない」と思っていました。人と話すのが苦手な自覚もあって、精神科で働けるとは思えませんでした。

今でも、「向いていない」という感覚は残っています。15年目の今もです。マルチタスクが苦手で、瞬間的な判断も苦手です。

それでも精神科身体合併症病棟に12年いることができたのは、周りの先輩・後輩に恵まれたからです。


30歳を過ぎて気づいたこと

言い訳ばかりしていた自分

20代の自分を振り返ると、後悔ばかりです。

怒られても「そんなこと言われても仕方がない」「自分が悪いわけではない」と言い訳をして、人の話を素直に聞かない人間でした。

自分を変える努力をしない人間だったと思います。

「行動しないと、何も変わらない」

30歳を過ぎてようやく、ひとつだけ気づけたことがあります。

行動しないと、何も変わらない、ということです。

ずっと同じ場所で、同じように不満を抱えたまま過ごしていても、状況は何も変わらない。変えようとしない自分が、いちばんの原因でした。

14年目で転職を決断したのも、「行動しないと変わらない」と腹をくくったからです。


精神科で気づいた「自分に合うこと」

精神科身体合併症病棟に異動したとき、「無理だ」と思っていました。

でも、働くうちに気づいたことがあります。

一人の患者さんに丁寧に向き合うことが、自分に合っていると感じた、ということです。

短所だと思っていた「のめりこみやすさ」が、一人の人に時間をかけて関わるときには、むしろ武器になっていました。

今でもよく覚えている場面

脱法ハーブを使用して、錯乱状態で入院してきた患者さんがいました。

最初はまったく話が通じなかったのですが、治療が進むにつれて、会話ができるようになっていきました。回復後、昼の落ち着いた時間に、その方とトランプをして過ごしたことがあります。

純粋に楽しかった、というのが正直なところです。

「元はいい人なんだろうな」と感じました。

怖かったこと、難しかったこと

もちろん、楽しかったことばかりではありません。

急性期で大声を出して暴れる患者さんの前に、男性看護師という理由で率先して立たなければならない場面は、何度あっても怖かったです。

治療を拒否する患者さんに、どこまで関わるべきなのか、答えが出ないまま判断するしかない場面もありました。

乗り越えたわけではありません。難しいまま経験した、というのが正直な感覚です。

そういう場面を通じて、自分が普段見ている社会とは違う断面を、仕事の中で見てきました。


現在:地域包括ケア病棟で働いています

36歳・14年目のとき、精神科身体合併症病棟から地域包括ケア病棟のある病院に転職しました。

転職の主な理由は、当時の師長との人間関係でした。ただそれだけが理由ではなく、「年をとってもこの働き方を続けられる自信がない」という体力的な不安もありました。

急性期から離れて、慢性期で、ゆっくりと落ち着いて患者さん一人ひとりと向き合える病棟で働きたい、という希望がありました。

転職後の変化は、正直なところ、年収はほぼ変わりませんでした。でも通勤が楽になり、残業が減りました。消耗が減った分の余白が増えた、というのが実感です。


このブログで書いていること

Salaryman Nurse は、2020年に開設した個人ブログです。

書きたいことは、大きく3つあります。

① 現場のリアルな体験

  • 精神科身体合併症病棟で12年働いて見てきたこと
  • 看護師として悩んだこと、失敗したこと、迷ったこと
  • 36歳・14年目で転職したときの正直な気持ち
  • 男性看護師として女性中心の職場で感じていること

一般論だけの記事は書きたくないと思っています。現場で実際にあったこと、そのとき感じたことを、そのままの言葉で書きたいと思っています。

② 「思っていたのと違った」という反転

看護師になる前、精神科に異動する前、転職する前。「こうだろう」と思っていたことと、実際は違った、という経験がたくさんあります。

そういう「思っていたのと違った」の話を書いています。

③ 自分らしい看護師として働く道を探す

看護師として働き続けるなかで、大切にしたいことが変わってきました。

  • 看護師なりたての頃:「勉強したい・経験したい」で職場を選んでいた
  • 今:「いかに自分が楽しく働けるか」がとても大切だと感じている

どうすれば、自分を追い詰めずに、長く看護師を続けていけるのか。そのための選択肢を、自分自身で探し続けています。


大切にしている3つのこと

自分や家族が患者の立場でも、安心して任せられる看護師でありたい

幼い頃、私は病弱で、一年に数回入院する生活をしていました。

田舎の病院で、親となかなか面会できませんでした。流れる雲と走る車を窓から眺めながら「早く来ないかな」と待っていた時間を、今でもよく覚えています。

寂しさや不安を口に出さず我慢していた自分を、明るく励ましてくれた看護師さんの姿に、とても安心した記憶があります。

入院する患者さんや、その家族の不安な気持ちを少しでも分かる看護師でありたい、というのが自分の出発点です。

組織から給料をもらうだけでない、自由に働ける自分になりたい

これから先、私たちの年代が支える高齢者はさらに増えていきます。

現場の負担は増えていくことが、すでに決まっているような状況です。「毎日しんどい」「夜勤と残業で自分の時間がない」という感覚を、今よりさらに抱えていく未来が見えます。

そこから少しでも抜け出すために、組織から給料をもらうだけの立場で終わらず、自分の力で収入をつくれる人になりたい。その努力の場所のひとつが、このブログです。

誠実さを貫く人間でありたい

看護師として働くなかで、「自分は正しい」「下の者は従うもの」という価値観の押しつけをたくさん見てきました。

同じ時代を生きてきた人たちだから、そうなるのも仕方ないのかもしれません。

ただ、自分はそうなりたくない、と思っています。

人の考えや思いを、できる限り受け入れられる人間でありたい。「至誠一貫」、誠実さを貫くという言葉を、自分への戒めとして置いています。


最後に

もっと早くに、「行動しないと何も変わらない」ことに気づきたかった、という後悔は今もあります。

でも、後悔しても仕方がないので、気づいた今からできることを少しずつやっています。

このブログ「Salaryman Nurse」は、自分らしい看護師として働く道を、私自身が探しながら発信している場所です。完成された誰かが教える場所ではなくて、悩みながら進んでいる人間が、同じように悩んでいる方と一緒に考えるための場所です。

もし、今の働き方や将来に迷っている看護師の方がいたら。

教える立場ではなく、同じように悩んでいる一人の看護師として、一緒に考えていけたらと思っています。


運営者情報

  • ハンドルネーム:ハロ
  • 性別:男性
  • 看護師歴:15年
  • 主な経験科:ICU/精神科身体合併症病棟(12年)/地域包括ケア病棟(現職)
  • ブログ開設:2020年
  • 発信テーマ:看護師のキャリア・転職、精神科看護、現場のリアル

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思い行動すれば、自分を変えられる。

本来の自分を取り戻し、自分らしい看護師を一緒に目指しましょう。


最終更新:2026年4月21日